私は1972年(創刊年)からインテリア誌『私の部屋』の編集に加わりました。女性誌でインテリアというテーマは日本初の領域で、取材・ネタ探しがものすごく大変でした。結局20年続けて、後半の10年間は私が編集長をつとめました。
1992年、この雑誌の完全リニューアル版として創刊したのがBISESなのです。ですから、この時の表紙にはリフレッシュ創刊としました。発行は婦人生活社、企画編集はプロダクション形式で私たちが行いました。本のタイトルはBISESとして「私の部屋ビズ」と読むことになりました。
BISESってなんだ?
「1000人に聞いても多分1人だって、分からないよ」この言葉を教えてくれたMr.Kが言いました。私、自分が作る新しい雑誌のタイトルは "KISS" としたかったのです。ところが、このタイトルはよその会社が持っていて、登録できませんでした。でも、何でKISSだ、ってお聞きになりたいでしょうね。
今だから告白します。このタイトルにこだわっていた頃、私の新雑誌構想は "女性のためのセクシーマガジン" だったのです。
キスがだめならベーゼか−−−いや、ちょっと語感が悪いし、古っぽい。じゃあビズ。頬への軽いキス、外国人があいさつの時にチュッ、チュッとやるあれね。正統のフランス語で発音されてもビーズとビズの間くらいでよく分からない。短い方が良いわね、というわけで『BISES』(ビズ)を登録したのです。
セクシーマガジンのはずなのに、どこでどう転んでガーデニングとインテリアの雑誌になったか。理由はマガジンハウスから発行されている「an・an」。ビズの商標登録がとれてしばらくした頃、「an・an」は−−男と暮らしたい−−というズバリ、セックス特集を打ち出し、以降、日本の女性誌は上品奥様対象誌にもすべてにこの手の記事が特集されるようになりました。(ちなみに○年たった今もan・anのゴールデンウィーク特集はセックスです。いつも完売とのウワサ。)
今さら・・・というわけで、私は画期的と思い込んでいたセクシー路線をあっさりあきらめたのでした。
あの時、やらなくて本当によかった。私がやっていたら、きっとすぐにネタ切れになっていたわ。それに比べて、ガーデンの世界は品がよくて美しい!
第1話 「BISES」の誕生
2000年01月16日